半導体冒険隊長の南部ユーコです。
今回は、ウェアラブルなヘッドマウントディスプレイ(HMD)の研究をなさっている、電気通信大学の中嶋先生のお話を伺うために、調布のキャンパスにお邪魔しました。
−はじめまして。先生のHMDに関する研究に興味があってお伺いしました。いろいろお話をお聞かせ下さい。
ようこそいらっしゃいました。私どもの研究室では、HMDをヒューマンインターフェース研究の一環として扱っています。それではまず最初に「簡易メガネ型人ナビゲーション」を紹介しましょう。
−これは、人用のカーナビのようなものですか。
そうです。最近は、携帯電話やスマホのナビが普及してきましたが、見知らぬ町で荷物を持っているといった“本当に必要な時”には使えないですね。“手で持って画面を視る”インターフェースは、片手がふさがってしまいますし、画面を見ながら歩いていると電信柱にぶつかって結構危ない目に遭うかもしれません。人が実際に使うときの問題が解決できているとは言えません。
−駅からここまでスマホの地図アプリを見ながら来たのですが、途中何度も人や車にぶつかりそうになりました。そこでウェアラブルなHMDなんですね。カーナビのように地図でナビゲーションするのでしょうか。
最終的にはそうなるかもしれませんが、地図を映せる市販HMDは、まだまだ、大きくて装着していると人目を惹きます。街中を歩くには勇気がいるでしょう。常時着けているには辛い重さですし、また高価でもあります。それに歩きながら地図を見るというのも、注意が逸れてやはり危ないとは思いませんか。
−市販HMDが、日常的なものとして普及するレベルまであともう一息とすれば、どうしたら良いでしょうか。
そこで、掛けていて違和感のない普通のメガネをベースにした簡単な構造のHMDにより、表示方法を工夫して課題解決を図ったのが「簡易メガネ型人ナビゲーション」です。
まず第一世代として、普通のメガネのレンズの縁のところにLEDを円周上に配置して、LEDの点灯する位置で目的地の方向を示し、点滅の間隔で距離を示すものを開発しました。光は、直接視野の中に入って来ませんが、端で光っているのが認識できますので、そちらに意識が捉われずに済みます。
メガネのつるには、地磁気方位センサーが組み込まれていて、顔の向きを割り出します。この顔の向き、GPSで検出した現在地と、目的地の緯度・経度をもとに、マイコンで方向と距離を計算し、LEDの点滅を制御します。
第二世代では、数字を表示する7セグメントの小さなLEDをメガネのつるにつけ、レンズの湾曲面を凹面鏡として用い、LEDの虚像が視野の片隅に映るようにしました。数字で距離を、点滅間隔などで方向を示すようにしています。ただ、そもそもレンズの反射率は低いため、明瞭な表示を得るために、さらに高輝度で、もちろん小型のLEDや有機ELがほしいところですね。
−なるほど。単に画像が見えるようになれば良い、ということでなくて、どうすれば人が本当に便利で助かるのかが重要、ということですね。
そうです。その他にHMD応用としては「臨場感のあるTV電話」というものも研究しています。地図アプリ同様、今の携帯電話やスマホにはTV電話機能がついていますね。ただ、画面が小さいこと、それから見える画像が相手側のカメラの向きで決まっているため、リアリティーが損なわれていると思いませんか。
−そうですね、何か入り込めない感じがして、あまり使おうと思わないですね。
そこで「臨場感のあるTV電話」を考えました。HMDを用いて、相手の画像をこちらの動きに合わせて選べるようにします。具体的には、メーカ製の片眼式フルカラー・シースルーHMDに、相手の等身大・半透明の像を映します。こちら側のHMDに組み込んだ半導体MEMSジャイロセンサーと加速度センサーで顔の向きを検出し、それに応じて相手側のカメラの向きをサーボで動かすように制御します。こうすると、横が気になったら横の方を見る、例えば相手が二人いればもう一人の方を見るというように、相手側空間の見たいところを自由に見ることができるので、あたかも相手が目の前にいるような臨場感が得られるのです。
−空間をワープしたような感覚が得られそうですね。
臨場感という意味では、HMDを用いたものではありませんが、「アイコンタクトのある3者TV会議」という装置も開発しました。これは、一言でいうと話者間のアイコンタクトをキープするようにしたTV会議で、所属学科のテーマである“人間コミュニケーションを充実させているのは何か”を研究するうちに、視線を合わせることの本質的重要性に気付き生まれたものです。
一般のテレビ会議では、視線の先にある相手の画像と、相手の視点となるカメラが離れているため、互いに視線を交わすこと、つまりアイコンタクトができません。それを解決する方法は、ハーフミラーを使って、表示画像をミラーに映し、カメラをミラーの裏側に配置して、視線とカメラの光軸を一致させることです。3者以上の場合には、1対1の対話をする組の分だけ、ハーフミラーとカメラのセットを設けます。そうすると、相手が複数のときでも誰と話しているのかが視線の向きから一目でわかり、一つの場を共有しているような臨場感のある会議ができるのです。
−先生の研究分野から半導体に期待されることはありますか。
そうですね、実はそれはあまり意識したことがありません。裏返せば、半導体は既に高いレベルに達しているということです。マイコン、イメージセンサー、MEMSセンサー、GPS受信機等の半導体は私の応用研究には不可欠です。ただ私の研究領域では、人のまわりにある問題の本質を見極め――デバイスは今手に入るものを使って――どのようにしたら問題解決が図れるのかということについて、もっともっとアイディアを出していくことに注力しているんです。
とはいえ、HMDの高精細化や3次元ホログラムといった、ヒューマンインターフェースやディスプレイはもっと必要ですし、半導体の新しい機能デバイス、例えば「スピントロニクス」や「光ナノ」デバイスなどの進展により、今までやろうと思ってもできなかったことがきっとできるようになるのでしょうね。応用と半導体を含むデバイスとは車の両輪として、それぞれ努力しつつ、社会に役立つ方向へコラボレーションを図って行くことが大切なのではないでしょうか。
人間コミュニケーション学的には、TV電話で本当に目の前にいるように見えたとしても、まだ90%――ノンバーバル・コミュニケーションというかボディー・ランゲージというか「滲み出てくるもの」が――足りないと言います。これまでの私の研究で『その10%くらいはカバーできたかな』と思います。恐らく「本当に人と会った」ということの中には、工学的に解決できないこと、例えば途中移動している体験や時間をかけて気持ちを次第に切り換えていくといった色んな要素が絡んでいて、それで「本当に人と会った」ということの価値が出てくる。とすれば『そこはもうどうしようもないかなあ』という気もするんですけど、少なくとも『工学で解決できるところまでは究めてみたい』と思っています。
−工学や技術は、「何のために」という目的や、最終的対象である人間に対する理解を忘れてはならないということですね。本日は興味深いお話をありがとうございました。
1972年 | 東北大学大学院工学研究科修士課程修了。同年電信電話公社電気通信研究所入所、ミリ波・アンテナ・移動通信の研究開発に従事 |
1992年 | NTTドコモの分社に伴い同社へ転籍、PDCおよびW-CDMA方式の開発を推進 |
1998年 | 同社取締役・ワイヤレス研究所長 |
2000年 | 電気通信大学人間コミュニケーション学科教授 |
2007年 | 同大学先端ワイヤレスコミュニケーション研究センター長 |
2010年 | 電子情報通信学会副会長。工学博士 |
2013年 | 3月電気通信大学退官 |