半導体の大冒険〜南部ユーコ冒険隊のニコニコインタビュー

半導体冒険隊長の南部ユーコです。

今回は、半導体のデバイス技術開発の第一人者でいらっしゃる東京大学の平本先生の研究室にお伺いしました。平本先生の目に映っている半導体のこれからの進化についてお話をお聞きしたいと思います。

インタビュー

−こんにちは。JEITAや半導体業界の活動では、いつもお世話になっています。とは言え、直接お話させて頂くのは、私たち冒険隊は今日が初めてです。よろしくお願致します。

ようこそいらっしゃいました。こちらこそJEITAさんや半導体業界の皆さまには大変お世話になっています。

−早速ですが、先生のご専門は、半導体のデバイス開発ですね。

はい、ご存知のように、半導体デバイスは、ムーアの法則に従って、これまで40年以上にも亘り、その集積度を指数関数的に増大させてきました。この進化の力は非常に大きなもので、今日の情報技術社会を実現させました。身の周りでも、パーソナルコンピュータは今や一人一台。最近では皆さんがお使いのスマホとして手の平コンピューティングを可能にするなど、私たちの生活を劇的に変えているといえます。こうした大きな変化の源は、半導体デバイス・プロセスの微細化がベースにあって初めて可能になったといえるでしょう。

インタビュ-に応じる平本先生

−確かに、ずっと続いてきたエレクトロニクスの発展が、ここ最近さらに加速している感じがしますが、それは半導体プロセスの進化に支えられていた、ということなんですね。ところで、この先はどうなんでしょうか。

そうですね、半導体の製造プロセスは、次第に物理限界に近づきつつあり、微細化の進展のスピードも、以前に比べると少しスローダウンしつつあります。ただ、昔から、何度も、「もうそろそろ限界だ」と微細化限界説が唱えられては、その度に私達半導体デバイス・プロセス技術者はブレークスルー技術を生み出し、限界説を突破してきたのが、これまでの歴史なんです。単純な微細化は7nmほどで限界を迎えると言われていますが、そこに至るまでまだ10数年の技術進化が必要ですし、別の方向の進化も創出され、私は、2050年に至っても、まだ進化は続いているのだろうと考えています。

−2050年ですか。そこまで進化が続くとすると、どんなことになるのか、想像の域を超えてしまいますね。まず直近では、どんな技術課題があるのでしょうか。

大規模集積回路の構成要素であるMOS電界効果型トランジスタ(FET)は、ゲート電極への印加電圧により、ソース/ドレイン電極間の電流をオン/オフするものです。微細化で課題となるのは、(1)高いオン電流の実現、(2)オフ電流の低減、(3)トランジスタ性能ばらつきの低減、の3点があり、これらの課題にさまざまなアプローチで取り組んでいます。

−どのようなアプローチをされているのですか。

まず1つ目の、高いオン電流を得るには、キャリア(電子やホール)の移動度を高くすることです。90nm世代から、シリコン結晶に歪みを与えて移動度を向上させる技術が導入されています。今後は、移動度の高い材料をゲート下のチャネル層に用いる研究が進められています。カーボンナノチューブ(CNT)やグラフェンといった移動度の高い新材料を使う方法も研究されています。

2つ目のオフ電流の低減には、ゲート下の電界の制御性を向上させるため、高誘電率(high-k)材料をゲート絶縁膜に使用する方法や、トランジスタを3次元構造にして、電流の流れるチャネルを左右のゲートで挟みこむFIN構造と呼ばれるトランジスタの導入などが研究されています。

3つ目のトランジスタの性能ばらつきは、微細化に伴いばらつき要因は増すばかりですが、一方で1チップに集積されるトランジスタ数が10億個規模にも達するため、標準偏差の6倍、6σまで考慮しなければならなくなっているのです。微細化により、ゲート電極のエッジが、直線とは見做せなくなり、原子レベルのデコボコが問題になったり、ゲートの閾値レベルを決めるためにドーピングする不純物が、空間的に一様とは見做せなくなり、原子の位置が閾値に影響し、ばらつきの原因となるような状況に至っているのです。

−原子の粒々の位置までもが問題になるほど、微細化が進んできているのですね。

ばらつき抑制のために、私が取り組んでいるのが、絶縁体上にトランジスタを形成するSOIの採用で、電流が流れるゲート下のチャネルに不純物をドーピングしないイントリンシック(真性)トランジスタの導入です。これ以上に微細化を進める際には、不可欠な技術になると考えています。

−現状打破のためにいろいろな取組みがされていることがわかりました。

以上は、ムーアの法則を極めるアプローチで、モアムーア(More Moore)と呼ばれています。
これとは別に、2つの進化の方向が研究されています。ひとつは、MOS集積回路に、別の機能素子を融合して、新しい機能デバイスを作ろうとするもので、モアザンムーア(More Than Moore)と呼ばれるものです。もうひとつの方向は、MOSトランジスタとはまったく異なる動作原理の素子を創出し、CMOSを越えていこうとするもので、ビヨンドCMOS(Beyond CMOS)と呼ばれるアプローチです。

−MOSと別の動作原理ですか。

MOSトランジスタは、ゲート電極の電圧で、チャネルの電流のオン/オフを制御しますが、Beyond CMOSでは、電子のスピンを利用したり、単電子制御といって電子1個1個を制御したり、トンネル現象を利用したり、原子スイッチといって原子を動かしてオン/オフをさせるもの、などなど、様々なアイディアが提案され研究が進められています。回路自体の動作原理も、オン/オフ、すなわち1/0のブール代数をベースにしたものとはまったく別の演算方式が登場するのではないかと考えています。

−チャレンジするべき研究テーマは、まだまだ山ほどある、ということですね。

はい、その通りです。日本の物性系の研究は、優秀な学生も多く、世界的にも優れているので、半導体プロセス研究者と物性系研究者のコラボレーションを進めることで、一層の進展が期待できると考えているところです。特に日本は、低電力化技術を得意としています。環境問題の解決にもつながりますし、この辺をどんどん強化していきたいですね。でも、色々と悩ましいこともあるのです。

−どういったことでしょうか。

ひとつは、研究資金の問題です。微細化が進むにつれ、半導体を製造する装置や設備は、どんどん高額なものになってきています。その一方で、これまでお話してきましたように、半導体は他の分野や技術と融合して、世界を変え続けていく極微の世界のインフラとして非常に重要な存在であり、研究すべき課題は山ほどあるにも関わらず、一般にはシリコン半導体の研究は学術的なフェーズから産業界の問題に移行した、と見做され、予算獲得が難しくなってきている面があるのです。微細化が困難な今こそ,基礎研究を固めるべきです。

−なるほど。大学と企業が産学連携して、文科省・経産省にうまく働き掛けていく必要がありそうですね。

もうひとつあります。日本の半導体産業の元気がいまひとつで、半導体の先端工場投資意欲が徐々に減退していることです。我々大学の半導体デバイスの応用の出口が減ってきているのは、やはり問題だと感じています。日本でこれまでと変わらずに大規模な半導体製造設備投資を行っている企業には、今後もずっと頑張っていって頂きたいと思います。

−産業界ももっと頑張らないといけませんね。

2050年までも、技術進化は続くだろう、と先ほどお話しましたが、この進化は連続的ではなく、どこかで大きなパラダイム変革を伴うことになると思っています。それが何なのか、今は明確にはいえませんが、多分、我々プロセス技術研究者が取り組み続けるシーズの進化と、エレクトロニクス業界の皆さんが開拓する新たなアプリケーション開拓とが、シンクロしてパラダイム変革がもたらされるのだと考えています。学生にも、そういう観点から、デバイス技術の深耕だけでなく、広い世界を見る視野を持つようにと言っています。未来に起こる革新に向けて、産業界と大学で切磋琢磨して頑張っていきましょう。

−半導体のこれまでの進化と、これから起こるだろう革新について、大変興味深いお話をありがとうございました。

プロフィール

1989年:東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻博士課程修了
1989年:(株)日立製作所デバイス開発センタ入社
1994年:東京大学生産技術研究所助教授
2002年:東京大学生産技術研究所教授(現職)

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