半導体の大冒険PART2の第3回は注目キーワードである「ウェアラブル」に迫ってみました。ウェアラブルとスマート社会の関係について、ウェアラブルコンピューティング研究のパイオニアで「ウェアラブルの伝道師」と呼ばれている神戸大学大学院工学研究科の塚本教授にお話しを聞いてきました。
−ウェアラブルという言葉を聞く場合、必ずと言ってよいほど先生のお名前をお聞きします。
おかげさまでウェアラブルというテーマについて、講演や取材など多くの方々にお話しさせていただく機会をいただいています。
みなさんは、最近になってM2M(Machine to Machine)やIoT(Internet of Things:モノのインターネット)などの言葉が流行っているのをご存知かと思いますが、実は実世界の中でデバイスが通信でネット上のサーバなどを含めて一体となるスマート化という意味で、私たちが15年以上前から「ユビキタス」という言葉で言っていたことと、根本的には何も変わっていません。
ただ、ユビキタスという言葉が流行っていた2000年前半より、デバイスに搭載される半導体などの電子部品が進化しているのは確かです。例えば当時より高速通信が実現したり、処理そのものが早くなったり、小型になったりしていますね。スマホ用の高機能、超小型の部品を組み合わせて、誰でもデバイスを作ることができるようになったのも大きな変化と言えます。
−恐れ多くも「スマホがあるからウェアラブル機器は必要ない。」というような声も聞きますが、その辺の違いを先生はどのようにとらえておられますか?
大きな違いは、余分なアクションがいるかどうかということです。スマートフォンは鞄から取り出したりすることが必要になりますが、ウェアラブル機器は何かをしながら使うことができます。また常時使うことができます。現状のウォッチ型だとメールを見たり、天気予報を確認したりするのにワンアクション必要なので、スマートフォンとそう大きな違いはないと感じるかもしれません。それでもポケットから取り出して手で持たなければいけないスマホとはアクションの簡単さという意味でかなり違います。それから、脈拍を常時計測して蓄積しておくというような使い方もできます。また、メガネ型の場合は歩きながらAR(Augmented Reality:拡張現実)となった映像を見たり、マラソンランナーが走りながら自分のバイタル情報を確認することができます。マラソンランナーに関しては、その日の体調でベストの時間を出せるようにデバイスが気温・湿度やバイタル情報を計算してペースを管理してくれるわけですから、レギュレーションの問題さえ無ければトップランナーはみんなウェアラブル機器をつけるようになりそうです。
−そういった意味では、世界の人々が集まる東京オリンピックがひとつの目標になりますね。
まだまだ課題は山積みですが、日本という国が最先端の技術に大々的に取り組んでいるということをPRするには、非常に良い目標だと思います。実際スポーツのなかで、競技者、監督、審判、その他の運営関係者、観客など多くの人がウェアラブル機器を活用して、より楽しめるようにするというアプローチが増えてきています。
−ウェアラブル機器の課題はなんでしょうか。
私は主に3つの課題があると考えています。
(1)まずはバッテリーの問題です。スマホよりバッテリーが小さいため、今は1日でバッテリーを充電しなければなりません。スマホが登場したころにそっくりです。バッテリーの電力密度を上げるか、CPUスリープ時の処理をもっと省エネにする必要があります。理想としてはボタン電池1個で1カ月持たせたいところです。
(2)次に通信環境の問題です。ご存じのようにウェアラブル機器は無線での通信が必須のデバイスです。オリンピックのように多くの人々が集まる環境では、一般的な2.4GHzのWi-Fiでは混信しますし、電波法の規制が国ごとに異なるため、海外のデバイスそのものを使えなくなることがあるかもしれません。企業としても国としても無線特区のようなものにチャレンジする必要があると思います。
(3)最後はアプリケーションの問題です。例えばオリンピックの時には、競技情報やトイレ情報などが必要になると思いますが、各社各様のプラットフォームでアプリケーションを作っていては、それらの情報は充実しないでしょうね。ARなどの新しいアプリケーションもプラットフォームを共通化することで大きく成長するはずです。プラットフォームが共通化されて公開されれば、ローカルな情報も共有できるようになります。
それ以外にも、ファッション性や社会性(カメラによるプライバシ侵害など)、装着製、安全性など、これまでにない課題がたくさんあります。
−最後に、企業や学生に期待することは何でしょうか。
Google GlassやApple Watchのような主要デバイスはアメリカ企業から出てきており、アメリカ企業がウェアラブル市場を引っ張っているように感じられますが、個人的には日本人の技術力があれば2000年前半ごろにもウェアラブル機器を作れたのではないか、と思っています。欧米に比べてアジア、特に日本人は小さいものが好きですし、高度な技術もありますからね。その点は残念でなりません。
一方で、正直なところウェアラブル機器のマーケットはまだ立ち上がっていません。今からでも「売れるかわからないから作らない」というネガティブな思考ではなく、「こうなればすばらしい」というポジティブな思考で、日本企業のみなさんやこれから社会に飛び出す学生さんには夢のあるウェアラブル機器を開発してもらいたいですね。それこそ、ウェアラブル機器もスマート社会を構成するキーデバイスとして可能性は無限大に広がっているのですから。革新的未来はウェアラブルによって創られると信じています。
1987年3月 京都大学工学部数理工学科卒業
1989年3月 京都大学大学院工学研究科応用システム科学専攻修士課程修了
1989年4月 シャープ株式会社入社、研究開発に従事
1996年10月 大阪大学工学部情報システム工学科助教授
2002年4月 大阪大学大学院情報科学研究科助教授
2004年10月 神戸大学工学部電気電子工学科教授
2007年4月 神戸大学大学院工学研究科教授(電気電子工学専攻)