今回は、本年スーパーコンピュータ「Shoubu(菖蒲)」の評価でGreen500*で世界第1位〜3位独占の栄冠を勝ち取った齊藤元章 株式会社PEZY Computing社長へインタビューしました。

* Green500とは
世界で最も消費電力あたりの性能が良いスーパーコンピュータ・システムを上位500位までランク付けし、評価するプロジェクト。

インタビュー

齊藤社長(右)、理化学研究所似鳥啓吾氏(左)とともに
齊藤社長(右)、理化学研究所似鳥啓吾氏(左)とともに

―おめでとうございます。
久しぶりに爽快なニュースで、スーパーコンピュータ業界にとっても衝撃と思います。

ありがとうございます。

我々は、PEZY Computing社とそのグループ会社3社で、各社が個別の要素技術を基盤とした技術・製品開発・事業展開を行いながら、これを統合する形でスーパーコンピュータ開発を行っています。

現在は、4千個規模のコアを集積した次世代プロセッサであるPEZY-SC2の開発を進めているところです。また更に、磁界結合技術の開発とライセンス提供を行っています。

―プロセッサやスーパーコンピュータの性能はどこまで進化しますか。

ムーアの法則の終焉、すなわち最先端プロセス微細化の限界、さらには動作周波数向上の限界も指摘されていることから悲観的な見方もありますが、むしろ一気に別の突破口が開いて、ムーアの法則がさらに加速化される可能性もあり得ると考えています。  特に我々が手掛けている、半導体ウェハ極薄化と接着剤レスのフュージョン・ボンディングによる3次元多積層と、TSVレス、つまり後工程を大きく必要としない磁界結合によるワイヤレス接続・積層技術によって、これまでとは異なる性能の追求が可能となります。さらにはCNT(カーボンナノチューブ)や光トランジスタなどの完全な次世代技術も控えており、我々が手掛ける技術は、そこに至るまでの有望な移行技術に成り得ると思います。 それらが順次、現実に利用可能となることを前提とすれば、これまで通りにシステムレベルでは1年で2倍、即ち10年で1000倍、20年で100万倍、30年では10億倍の性能向上を維持できるのではないでしょうか。

―そのような先端技術開発を行うエンジニアに必要なスキルは何でしょうか。また、経営者とエンジニアの関係についてもお聞かせ願います。

月並みですが、エンジニアに求めるのは、「できない理由を考えるよりも、現状を打破する突破口を探そう」ですね。 さらに、必要な時には「夜を徹してでも、一緒にやり抜こう」です。

経営者と技術者・開発者・研究者のあるべき関係については様々だと思いますが、私自身は、経営しかできない経営者ではなく、自分が一生涯、一技術者・開発者・研究者でありたいし、常に新しいテーマや、発想や技術を、自ら発信し続けたい、との思いがあります。 結果としては、技術の専門知識は遠く及びませんが、同じ目線で話をし、議論し、夢を語ることが大切と思っています。 共有する思いが、技術的な理解や、新しい発想や、モノづくりへのこだわりや、困難や不可能な状況を打破する力を生み出すと、実感しています。

―海外との開発競争で、日本が有利な点は何でしょうか。

1997年から2010年頃まで米国シリコンバレーにいた時期には、「日本は米国式のやり方と実績に、もう追いつくことができないのではないか」と思っていたことがありました。 ICT革命が進むことで、米国の天才、奇才、異才たちが、会社や社会の枠にはまらず、たった一人でも、ビジネスに進出できる現実を目の当たりにし、Facebookクラスの大企業をどんどん産み出すことが容易に想像されたからです。

しかし最近になって、基礎科学や、モノづくり、匠の技といった分野では、日本人の感受性の豊かさ、繊細さ、こだわりの強さ、完璧を求める職人気質、最後までやり抜く忍耐強さといった特性が勝ると感じるようになりました。

この日本人が持つ資質は、ハードウェアの革新において、圧倒的な優位性であると考えています。そして、ソフトウェア的なものの多くがA.I(人工知能)的な新興勢力からの脅威にさらされ、コモディティ化し易いと思われる一方で、ハードウェア的なものの大半は、相対的に人間の関与が多く求められ、数値化、デジタル化され難い部分が多く残っていくことから、日本が優位性を保てると思うのです。

したがって、日本は再びハードウェアに目を向けて、ハードウェアとソフトウェアの融合部分で有利な競争を行っていくべきと考えます。 さらには、次世代スーパーコンピュータの解析、設計、シミュレーション能力と、日本のモノづくりや職人・匠の技が融合することで、全く新しい次元の、これまでの常識を一変する新しいハードウェアの世界が創出されるかもしれません。

―なるほど。ハードウェアの革新に強みがあるのですね。

ええ。昨年、我々は初代の液浸冷却スーパーコンピュータを、空冷用に開発されたマザーボードなどを流用してはいましたが、ほぼゼロから7か月間で完成させて稼働することができました。 今年に入ってから、わずか5ケ月間で、今度は完全に液浸冷却に特化したシステムの全てを、完全にゼロから企画、開発、製造、設置して、6月までに稼働させ、結果としてGreen500で1位から3位を独占することができました。

これは、ほぼ全てを国内のメーカーと協力して成し遂げたもので、日本だからできたことです。 

―では、逆に日本が不利な点は何でしょうか。 

不利な点としては、やはりソフトウェア開発の人員の少なさでしょうか。 中国では、国の方針もあって、膨大な数のソフトウェアエンジニアが教育され、養成されており、毎年、日本の50倍以上のソフトウェアエンジニアが育っているとされます。 日本人のソフトウェア技術者・研究者がどれだけ優秀であったとしても、50倍もの人員の差は、如何ともし難いのではないかとの懸念はあり、何とかしていかないとならないと思いますが、意外とA.I.が急速に進歩して、代替可能な部分が期待できるかも知れません。

―人間の脳と同等の機能を持つコンピュータはいつ頃登場するとお考えでしょうか。 

人間の脳と同等の構造と規模を持った人工脳的なものは、10年以内にも開発することが可能だと考えています。その手法は現在のコンピューティング・アーキテクチャとはある意味で真逆の、インターコネクトをはるかに重要視した構成とする必要がありそうです。また、現在の半導体の開発と製造、そしてシステムアーキテクチャを刷新する必要があり、その鍵は半導体極薄化+フュージョン・ボンディング+磁界結合+TSVレス給電による超小型化・ワイヤレス化・広帯域化・低消費電力化であると考えています。

しかしながら、人工脳の上にAGI(汎用人工知能; 人間レベルの知能)が完全に実現するのか、そしてそこに意識や知性が創出されるのかどうかは不明ですので、自分で真っ先に開発を行って確認したいと思っています。仮にAGIや意識や知性が発現しないとしても、極めて大規模な人工脳はAIとしては甚大な恩恵をもたらすことは間違いなく、絶対に日本が他に先んじて開発を行う必要があります。

―ご著書「エクサスケールの衝撃」で強調されたい点は何でしょう。

近い将来、スーパーコンピュータの革新により、技術の開発スピードがどんどん速くなります。 無尽蔵にエネルギーを得る技術が得られ、生産の無人化が進み、食糧や生活必需品である衣食住の全てがフリーになる可能性があります。その結果、資本主義やお金の必要性が消失し、全く新しい価値観や社会が出現するとも予測します。また、医療技術が革新され、疾病や事故・事件からも解放され、成長や老化もコントロールできるようになることで、人間が全く新しいフェーズに遷移することになるとも予測しますが、その理由や、なぜ日本からその技術革新を発しなくてはならないかという点は、是非、拙書にお目通しを頂けましたらと思います。

そう遠くない将来に、AGI(汎用人工知能)が出現するでしょう。 その際に、我々人類がどう対応するか、という極めて重い命題を今から考えておく必要があります。

― 技術の進化により、人間の存在意義や、存在可能性が新たな問題として議論されなくてはいけないということですね。 ありがとうございました。

齊藤社長のプロフィール

研究開発系シリアルアントレプレナー。医師(放射線科)・医学博士。
1968年 新潟県生まれ。 新潟大学医学部卒業。 東京大学大学院医学系研究科卒業。
1997年 米国シリコンバレーに医療系システムおよび次世代診断装置開発法人を創業。
2003年 米インテルのアンドリュー・グローブ会長とクレイグ・バレット社長兼CEO(当時)の推薦で、日本人初のComputer World  Honors (米国コンピュータ業界栄誉賞)を医療部門で受賞。

現在
株式会社PEZY Computing代表取締役社長
株式会社ExaScaler創業者・会長
UltraMemory株式会社創業者・会長

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